成熟には時間がかかる:中国最大のAI企業「SenseTime」が見通すAIビジネスの近未来【独占インタビュー】
OpenAIがこの数年主導してきた過熱気味の「AIブーム」における、見えざるビッグプレイヤーは中国だ。OpenAIに匹敵する規模をもち、すでにいくつかの分野では黒字化達成目前とも言われる、中国AIのヘビー級企業「SenseTime」のアジア太平洋事業統括責任者に聞いた、成功の秘密とAIビジネスの行方。
photographs courtesy of SenseTime
interview by Kei Wakabayashi
ジェフ・シー|Jeff Shi SenseTimeのアジア太平洋地域事業統括責任者として、戦略・M&A・事業経営を担う。1999年にNECで戦略業務に従事後、美的集団、ユナイテッド・テクノロジーズにて米中日欧を跨ぐ多数のM&Aを主導。ジョンソン・コントロールズではAPAC戦略担当副社長として28市場・約60億ドル規模の事業成長を統括。2018年よりSenseTimeのアジア太平洋事業統括責任者として、8カ国市場で事業をゼロから立ち上げ、AI製品・ビジネスモデルの構築、M&A・JV推進、収益成長を実現する。https://www.sensetime.com/jp
アジア有数のAI研究室
──AIというとアメリカと中国の間での競争がよく語られますが、アメリカのOpenAIやGoogle、Metaといった企業の動向が頻繁に紹介されるのと比べると、中国のAI企業については、ほとんど一次情報がないのが実態です。縁があって今日は、中国で最大規模とされるAI企業である「商汤科技」(SenseTime/センスタイム)のアジア太平洋事業統括責任者であるジェフ・シーさんにお話をお伺いできることになりましたが、まずは、SenseTimeの基本的な情報から始めて、中国のAI産業全般についてもお聞きできたらと思っています。
インタビューの機会をいただきありがとうございます。早速「SenseTime(センスタイム)」の紹介をさせていただきます。SenseTimeは創業11年の会社で、まだ若い企業ではありますが、AIに関わってきた実績は24年ほどになります。
SenseTimeの創業者の湯暁鴎(タン・シャオオウ)教授が、アメリカでMITのコンピュータサイエンスの博士号を取ってからアジアに戻り、当時アジアで初めて「AIだけ」に特化した研究室をつくったのが25年前のことです。このラボは、「Multi Media Lab」(MM Lab)というもので、いまでも香港中文大学のなかにありまして、アジアでも有数のAI研究室のひとつとして知られています。ですから弊社の主要研究者の多くは、このMM Lab出身のAI博士です。会社の設立は2014年ですが、AIとの関わりは実は長いのです。
──湯先生は、もともとコンピュータビジョン(画像認識)がご専門ですよね。
おっしゃる通りです。湯先生は2001年にボストンから香港に戻ってMM Labをつくりましたが、当初、このラボは純粋な学術機関でした。ところが、2005年に発表した論文が評判を呼んだことで、湯先生はMicrosoftに招かれ、「Microsoft Research Asia」のなかのコンピュータビジョン研究室を率いることとなり、そこでビジネスの世界に触れることとなりました。
Microsoftでの仕事を3年ほどやったのちに、香港中文大学に戻って研究を続けていたのですが、Microsoftを離れてから6年後、アメリカでGoogleがスポンサーする「ILSVRC」という世界大会に参加したことが大きな転機となりました。この大会は、コンピュータビジョンを用いて人間の目より高い精度を出すことを競い合うものですが、湯先生のチームがここで世界初めて人間の目を超える精度を出すことに成功したのです。
──画像認識技術がSenseTimeのビジネスの基盤になったということですね。
そうです。もっと具体的に言いますと「顔認証」の技術が、SenseTimeの創業初期の事業の方向性を決めることとなりました。とはいえ、湯教授はコンピュータビジョンの専門家ではありますが、中国の大規模言語モデルの発展に大きく貢献したことでも知られています。湯先生は2年前、惜しくも亡くなりましたが、生前の最後の仕事は、上海市政府の支援のもと「上海人工智能実験室」という大規模モデルの研究機関を立ち上げたことでした。湯先生は亡くなる前に、大規模言語モデルに興味の重心を移されたのですが、今日のように百花繚乱になる日を見ることができぬまま亡くなられてしまいました。
──当然、自動運転にも創業当初から興味をもっていらっしゃったわけですよね。
そうですね。社内でも自動運転はコンピュータビジョン分野における「クラウンジュエル」だと考えられてきました。創業メンバーにとっても、湯先生にとっても、自動運転は最も重要な分野で、とりわけ当時提携していた「ホンダ」とのコラボレーションを重視していました。全視覚方式に基づく自動運転こそが、コンピュータビジョンという学術分野が目指すべき高嶺の花だと考えていたからです。現在の自動運転は「LiDAR」と「全視覚」のふたつの方向性がありますが、創業メンバーは、「全視覚」でブレイクスルーを起こすことに意味があると考えていました。
顔面認証からスマートシティへ
──ビジネスとして最初に成果を生んだのは、どの事業だったのでしょう。
最初にわたしたちが参入した分野は主に4つあります。弊社は、そもそもコンピュータビジョンの企業ですので、最初にビジネスとして参入したのは顔認証の領域でした。先ほどの大会で世界一を取ったことが評価され、投資家たちも顔認証の分野に参入することを求めました。ちなみに初期の投資家はアメリカのVCばかりで、彼らも顔認証を推していました。
もうひとつの事業は自動運転で、これは日本企業との縁でもあって、ホンダから大きい自動運転の研究開発契約を取ることができました。
さらに3つ目がスマートフォンです。これはあまり知られていない話かもしれませんが、スマホ上のさまざまなコンピュータビジョンアプリを開発させようと、世界的なハードウェアメーカーが、弊社を買収する提案をしてきたことがあるのですが、湯先生が断ったのです。とはいえこのアイデアに触発されたことで、スマートフォン市場にチャンスがあると考えるようになりました。そこからスマホに関わるようになり、現在では、2025年上半期まで、AndroidをOSとする中国国内の2.5億台のスマホには、SenseTimeの技術が少なくともひとつは搭載しているという状況です。4つ目は、いま最も伸びている領域で、社内では「智慧城市」(スマートシティ)と呼んでいるものです。
──スマートシティですか。
「スマートシティ」と言うと、何やら遠い未来の話のように聞こえるかもしれませんが、実はすでに身近にあるものです。最近、日本経済新聞で、JR東日本が顔認証による改札の実証実験を始めたという記事を見ましたが、まさに超高精度・高速の顔認証技術がここでは必要となります。中国ではすでに1000の高速鉄道や地下鉄の駅でこの技術が使われていますが、その最大のサプライヤーとなっているのが弊社で、シェアは70%に達しています。
これはスマートシティにおけるAIの典型的な応用例ですが、すでに中国の約200都市で、SenseTimeの技術を応用したさまざまなスマートシティアプリケーションが使われています。具体的に実装されているサイトを数えるとトータルで3万箇所になります。ビルや駅、空港、倉庫といった場所で利用されており、認証システムの背後でAIアルゴリズムが呼び出される回数は年間400億回に達します。
──すごいですね。
ちなみに、弊社の一番初めのクライアントは、通信会社の「中国移動」(China Mobile)でした。意外に思われるかもしれませんが、中国ではSIMを発行する際に本人確認が必要だったため、「中国移動」はより簡便な本人確認の仕組みを求めていました。彼らのために弊社は、カメラのついた大画面と、身分証を読み取るスキャナがある装置をつくったのです。身分証を読み取ると情報がオンラインで照合され、その場で顔情報と照らし合わせて本人であることが確認できたら、回線を開通できる。そんな仕組みです。
──日本でも最近、SIMカード契約時に本人確認が義務づけられましたが、本人確認はやはり大きなカテゴリなんですね。
おっしゃる通りです。弊社のシステムは、最初に「中国移動」に導入され、その後すぐに銀行にも導入されました。顧客数でいえば、いまでもモバイル通信関連企業と銀行における本人照合が最大のカテゴリです。次いで交通系となりますが、交通では顔照合だけでなく、駅のセキュリティや、空港における荷物と旅客の紐づけなどに使われるほか、対テロ対策として空港で使用されるケースもあります。
さらに、これに関連した領域では、治安・公安に関わるシーンでも多く実装されています。特に顔認証技術が、ここ10年の中国の治安の改善に大きく貢献したとも言われています。顔認証技術を用いて犯人を特定した有名な事例として、母親を殺害した犯人が、2年後に潜伏先に近い空港で見つかり逮捕されたという事件があります。犯人は、変装しており、かつ美容整形までしていたのですが、空港に導入されていた弊社の技術によって、カメラが犯人を認知してからわずか6分で逮捕されたのです。
──こうした画像認識以外の領域でも、最近ではデータビジネスの事業や生成AIにも注力されていると聞いています。
弊社には「1+X」(one plus X)という戦略がありまして、事業を拡張していくにあたっても常にこの考えが念頭に置かれています。「1」はコア事業を意味し、「X」はインキュベーション事業を意味します。
「1」のコア事業には、3つの柱があり、そのうちの最も重要な柱は、いうまでもなくコンピュータビジョンです。この分野における弊社の中国市場シェアは9年連続1位で、まもなく黒字化を達成します。ふたつ目がデータセンターの事業で、ここは演算処理を独立したサービスとして提供する事業になります。そして3つ目が生成AIですが、ここには事業の方向性がふたつあります。
ひとつはSenseTimeの視覚技術の強みを活かした「テキストtoビデオ」のサービスで、大規模言語モデルを用いて、インタラクション体験を向上させるツールを開発しています。そして、もうひとつの方向性が生産性ツールで、これはMicrosoftの「Copilot」のような事業支援ツールです。
もう一方の「X」、つまり「インキュベーション事業」では、ハードウェア、医療、リテールなどの領域に関わるスマート化されたハードウェアなどを開発していますが、こうしたエコシステム企業は、より柔軟なインセンティブ制度および資金調達チャンネルを獲得することで、各分野における市場機会をより迅速かつ的確に捉えることが可能となります。
(上)2025年4月、SenseTimeが上海で発表した当時最先端のAIモデル「SenseNova V6」。画像や音声を理解し、状況を判断して表現を生み出す“考えるAI”として、ロボット分野を中心に注目を集めた (下)SenseTime共同創業者兼チーフサイエンティストである王暁剛(ワン・シャオガン)氏へのインタビュー。人間のような判断力と情緒的な繋がりを兼ね備えたスマートカーの提唱を通じて、自動車産業の変革においてAIが果たす中核的な役割について語っている
生成AIのビジネスモデル
──アメリカのAI産業は、とりわけ生成AIへの一点集中になってしまったことで、バブル化しているとも言われています。投資に見合うだけのビジネスを開発できていないという指摘もありますが、どうご覧になっていらっしゃいますか?
弊社はずっとAIだけをやってきた会社で、この四半世紀の間に、さまざまなサイクルを経験してきました。生成AIの商用化はまだ始まったばかりで、これが果たしてバブルなのか、それとも儲かる事業になっていくのか、いまのところ、まだ誰も答えをもっていません。
一方、わたしたちが扱ってきたコンピュータビジョンは、すでに商用化が始まって11〜12年を経ていますので、サイクルが一巡した状況にあると言えます。初期の頃には過剰な投資によって評価が異常に上がったりもしましたが、当時商用化した企業のほとんどが赤字だったことを思えば、たしかにバブルと呼べるような側面もありました。ところが、それも10年以上経って、市場・顧客・製品・技術が成熟してくると、弊社を含め各社が健全な発展段階に入りました。つまりAIには成熟することで安定的に儲かるビジネスモデルが見えてくるということなのですが、そのためには時間がかかります。
いずれにせよ、生成AIがもたらすインパクトはコンピュータビジョンをはるかに超えるものだと思いますので、この分野を避けて通ることはできません。生成AIがもたらすインパクトは、おそらく石炭から石油への転換や、電力の登場さえをも超えて、世界の編成のされ方そのものをも根本的に変える可能性さえあります。ですから現在の巨額投資が果たして水泡に帰すのかどうかは、もう少し判断を待つ必要がありそうです。
──なるほど。とはいえ、これといったビジネスモデルが見つかっていないようには見えます。
生成AIの競争には2種類あります。ひとつは技術的な競争で、技術ランキングの上位を目指すもので、もうひとつはC向けアプリの競争。SenseTimeの大規模モデルをベースにしたアプリは「テキストtoビデオ」サービスで、サブスク課金をすれば、小さな映画をつくることもできます。ツール系のC向けサービスも含め、収益モデルが徐々に見え始めてきてはいます。
いま「生成AIが使えない」と言う人は無料版しか使ってないことが多いのですが、課金版を使えば体験が全然違ってきます。このまま進めばC向けのアプリ企業も黒字化できるとは思いますが、ただ競争が激しすぎて、競争を勝ち抜くべくより速く走るために多くの資源が使われてしまっているきらいはあると思います。
──わたしの認識では、SenseTimeは、主にB向けのソリューションを提供してきた企業であればこそ、ここまで成長できたように見えますが、やはりC向けの市場は重要なのでしょうか。
たしかにB向けの事業は、SenseTimeのDNAに関わるものです。実際弊社は「toC企業」ではなく「toB企業」として、数多くの大口顧客にサービスを提供してきました。中国移動やソフトバンクなど、いずれも大口のクライアントで、総顧客数は2000社ほどになります。これは強みであり、SenseTimeの発展の基盤でもあります。コンピュータビジョンの事業が黒字化できそうなのも、ビジネスモデル、顧客、課金とデリバリーの仕組みが、それぞれ成熟してきたからです。
その点から言えば、弊社は必ずしもC向けの事業が得意な会社ではありませんが、大規模言語モデルにおいては、toC市場への参入は避けられないと考えています。生成AIはコンピュータビジョンとは違って、誰でも使うことができます。コンピュータビジョンの顧客のほとんどは事業者ですから、B顧客が増えるのは自然なことでした。ただ、生成AIで現在の地位を維持するためには、この壁を越えなければならないと考えています。ですから社内に独立部門をつくり、B向けの事業に縛られない、自由な発想をもった若いリーダーに部門を率いてもらっています。C向けは不慣れですが、やらなくてはならないのです。
──逆に、生成AIをB向けに展開する事業もあるのでしょうか。
もちろんです。それは両方やるつもりです。例えば香港ではB向けのビジネスの基盤が強いので、生成AIのプロジェクトを大口顧客向けに実装しており、すでにうまくいっています。一方の中国本土は競争が激烈です。であればこそ、本土ではC向けの事業も試す必要があるのです。
──しつこくて申し訳ありませんが、本当にC向けの事業は儲かるのでしょうか?
そのことに対して懐疑的である理由もわかる気はします。ここでは参考までに中国のトップAI企業の戦略を見てみましょう。まず避けて通れないのが「DeepSeek」です。DeepSeekは、検索+百科事典のような機能を無料で提供していますが、これは、彼らの本業であるクオンツファンドとしての評判とユーザー層を広げることが目的のサービスとなっています。
百度(Baidu)はDeepSeek同様、オープンデータを用いたビジネスを展開していますが、無料のC向けアプリ自体で儲ける気はなく、ユーザーが増えることが重要だという考えのもとAIサービスが展開されています。これは「阿里巴巴」(Alibaba)も同様で、オープンデータを用いたサービスでエコシステムを広げると同時に、AIの呼び出しを自社クラウドで効率化し、クラウドコンピューティングで稼ぐモデルとなっています。さらに、ByteDanceは、「頭条」(Toutiao)という名のAI搭載ニュースアプリを展開していますが、これは広告とECで利益を取るモデルになっています。
──いまのお話を聞いても、必ずしもAIそれ自体がお金を生むにはいたっていないように思いますし、AIはむしろ、例えば道路や水道水のようなインフラとして考えるべきものであって、それ自体が収益マシンになるようなものではないのではないかと思ったりもしますが、いかがでしょう。
そのコメントは、10年前に湯先生がわたしをSenseTimeに誘ってくださった時のことばを思い出さます。当時わたしはAIに疎かったのですが、湯先生は「AIは新しい世代の電力、新しい世代の石炭、新しい世代の石油だ」と、おっしゃいました。つまりAIは、新しい「生産要素」であり、社会のあらゆる環境のなかに浸透していくものなのです。そして、AIをインフラ、まったく新しい生産力要素として捉えることは、まさに中国政府が国策として推進していることでもあります。
弊社の話に戻りますと、たとえC向けのサービスであっても、他社と同じことはやらないのがまずは大きな方針となっています。自分たちが特色を出せる領域を狙うということです。具体的に言えば、それは視覚に関係するマルチモーダル大規模言語モデルです。さらにもうひとつ、生産力向上と必ず結びつけるということが方針となっています。
その方針に基づいて現在注力しているのは、ひとつが「テキストtoビデオ」です。これはショート動画のクリエイターがより高効率に動画をつくることをサポートするサービスです。これは課金制のプラットフォームで、リリース後すでに20万人のクリエイターがオンラインで使っています。もうひとつは中国版の「Copilot」とも言える企業向けソリューションで、企業顧客はすでに1000社を超えました。ここでの基本的な考え方は、「生産力を上げられないなら、お金を払う価値がない」ということになります。同時に、当社のカメラアプリ「Kapi」は、複数の国・地域において、App Storeの「写真・ビデオ」カテゴリでランキング首位を獲得しています。
──いまお話にあったクリエイター向けのアプリケーションは個人で利用するものですが、利用する個人は、単なる「C=消費者」ではなく、むしろ「B=事業者」だと考えられているようにも聞こえるのですが。
わたしたちにとって大事なのは、あくまでも「生産性」(productivity)という観点ですから、その意味では動画クリエイターも、ホワイトカラーのビジネスマンも同じものと考えています。その意味では、個人のユーザーであっても、たしかに「B」だと言えるのかもしれません。
わたしはずいぶん前に、日本で5年ほど生活していましたが、日本の武術の訓練は、空手でも柔道でも、大きなチームで整然と訓練するのが一般的ですよね。一方、中国武術は各自が各自で練習をするのが基本です。中国はその意味でも、かなり個人主義的な文化が強く、であればこそ起業も盛んです。中国には「王侯将相寧有種乎」という知られた一節があります。「王や諸侯、将軍や宰相といった高貴な地位に就くのに、どうして家柄などが関係あるものか」という意味ですが、ここには中国の実力主義や平等主義が色濃く表れています。だからこそ、中国では「個人の生産性向上」がやたらと語られるのですが、これは、日本では少し理解しづらいところかもしれません。
──中国のデジタルビジネスは、個人のユーザーを、単なる消費者ではなく、個人事業者だと捉えている点に特徴があると以前から感じていましたが、そこに欧米や日本のサービスとの大きな違いがあるように思います。
そう言われればそうかもしれません。中国では、多くの人が自分をお金儲けする事業主体だと考える傾向がありますので、サービスも必然的に、生産性を上げ、お金儲けにつながるものになっているのかもしれません。
上海にあるSenseTimeのAIデータセンター(AIDC)は、さながら宇宙船のような佇まい
日本企業との協業に向けて
──SenseTimeの現在の社員数は4000人ほどだと伺っていますが、これはOpenAIに匹敵する数ですね。
そうですね。現在の従業員数は約4000人で、しかも、そのうち70%が研究開発に携わっています。
──そんなに多いんですか。
はい。ですからR&Dへの投資が重く、それが赤字の原因ともなってきました。ただ、そのおかげで大量のAI人材を育てることができました。SenseTimeが、自社のためだけでなく、業界のために大きな貢献をしたのは間違いないことだと思います。先ほどお話しましたが、今年に入って上場した「壁仞科技」(Biren Technology)と「MiniMax」というふたつのAI企業は、いずれも創業者が、SenseTimeの出身です。SenseTimeが研究開発を重視してきたことで、ここから出た人材が、AI業界を「改天換地」(様相を一変させる)する役割を果たしました。これはまさに創業者の湯先生の志でもあります。湯先生は、SenseTimeを、中国AIにおける「黄埔軍校」(編集部注:孫文が広東省黄埔に設立した、中国国民党の軍官・将校養成学校)にしたかったのですが、その役割は十分に果たしてきたと思います。
──研究員のみなさんは、クライアントとは対面しないのですか?
研究チームがクライアントと直接向き合うことは基本的にはありませんが、最近は、徐々にそうではない事例も増えてきています。顧客との新しい契約のやり方で「Co-innovation」(共創)というものが弊社にありますが、ここでは、完成したプロダクトを販売するのではなく、顧客の次世代製品の開発のために、一緒にAIの使い方を設計し、導入しています。この取り組みでは、研究員が営業部の者と一緒にクライアントと会い、ディスカッションに参加しています。
──今後のSenseTimeの展開は、どのようなものになるのでしょう。
新規参入できそうな業界を研究し、AIがそこをどう変えいかに付加価値を生むことができるかを検討し、その道筋が見えたところで参入するというのが現状の戦略です。具体的な展開としては、コンピュータビジョンの市場について言えば、シェアの拡大を目指すのが第一です。というのも、小さなプレイヤーが徐々に脱落しつつありますので、市場を統合する余地がまだ残っているからです。
大規模言語モデルについては、色々試している初期の段階です。期待している領域としては、コンピュータビジョンと工業の結合があります。これは以前から試行錯誤をしてきた領域ですが、この数年で、工業分野での視覚AIの適用が急激に成熟し進んだと感じています。未成熟で揺れている市場では、黒字化は困難ですが、顧客と業界が成熟してきますと、供給側も利益が出るようになってきますので、この領域はいまこそがチャンスだと思います。
──欧米では、いわゆる「AGI」(汎用AI)と、その脅威といったことが盛んに語られていますが、中国ではいかがですか?
市場によってAIの未来をめぐるホットトピックは違っています。アメリカでは「AGI」や「奇点」(シンギュラリティ/特異点)にずっと興味が注がれており、日本でも孫正義さんなどが折に触れて語られていますが、中国ではほとんど話題になっていません。また、日本は全体として見ると、ロボットや自動運転車といった物理的な「身体」をもった「フィジカルAI」への関心が強いように見えますが、中国では、やはりほとんど興味の対象にはなっていません。
わたしが見るところ、中国の市場が最も気にしているのは「アメリカを上回るような、新たな概念・構造をもった中国発の大規模言語モデルがいつ出てくるか」であって、そこではアメリカとの競争が念頭に置かれています。
とはいえ個人的には、AGIにも強い関心をもっていますし、それがいつか必ず実現するだろうとは思っています。その際の課題は、データをいかに守るかという点と、AIに「やるべきことだけ」をやらせ「やってはいけないこと」をやらせないようにいかに制御できるかになるだろうと思います。このふたつに対処できてこそ、初めてAGIの到来が意味あるものになるのではないかと思っています。
──最後に日本企業との協働の可能性について、どのような期待をおもちかお聞かせください。
先ほどお話しした通り、わたしは日本で学び働いた経験がありますので、日本の企業文化にはずっと好感をもっていますので、個人的にも日本企業と積極的に協業したいと考えています。日本企業と中国企業はお互いに補完し合うことのできる関係にあります。日本には世界的なブランドや大企業が数多くあり、中国は新技術の研究開発におけるコストとスピードに優位性があります。それがお互いに補完し合うことで、中国のハイテクはより多くの用途を見つけ、日本のブランドは次世代のより良いプロダクトをつくることができるようになるはずです。この考えが、日本企業との協業を行うにあたっての根本の出発点になるかと思います。ぜひたくさんのコラボレーションを実現したいと考えています。
【WORKSIGHT SURVEY #40】
Q:現在のAIブームはバブルだと思う?
「AIが世界を根底から変える」といったことは各方面から盛んに語られていますが、現在の「AIブーム」は果たして、そこまでの劇的な変化をもたらすものなのでしょうか? あるいは、過剰な投資が生み出した「バブル」なのでしょうか? 「AI」に寄せる期待や懸念なども併せて、ぜひご回答ください。
【WORKSIGHT SURVEY #39】アンケート結果
過去は死なず蘇る。ヴァンパイアとともに:歴史学者に聞く、18世紀にヴァンパイアが「実在」した理由(1月27日配信)
Q:ヴァンパイアのような伝承が、現代のわたしたちの社会制度や知のあり方を揺さぶることは、起こりうると思いますか?
【はい】現代に暮らす者にとって戒めとして伝承は存在するし伝えていかなければならない。
【はい】うちの祖母が認知症になったときに、ひとりのときは内鍵をかけて外に出れないようにしていたら、鋼鉄の玄関ドアにドライバーで穴を空けていて信じられないようなパワーを発揮していた。今後、人工的に脳のリミッターが外せるようになったら、伝承の鬼のようなものが復活して社会問題になるのではないかと思う。
次週2月10日は、パリ2024パラリンピック競技大会で日本代表チームが初の金メダルを獲得した記憶も新しい「車いすラグビー」にフォーカス。一般社団法人車いすラグビー連盟へのインタビューから見えてきた、競技をめぐる環境やレギュレーションをめぐる普遍的な問いとは。お楽しみに。




